阪神大震災から14年

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 きょう、1月17日は阪神大震災が発生した日です。 

 社会人1年目での出来事で今でも鮮明に覚えています。

 大阪府箕面市にある会社の寮でちょうど勤務のため起きるぐらいで、最初は誰かいらずらで布団をもって飛ばされたのかと思いました。しかし、目を開けると誰もおらず、頭の横にはブラウン管のディスプレイが落ちていました。

 とりあえず仕事に行かないといけないと思い、阪急の駅に向かうと電車は動いておらず、そのときにも余震があり相当大きな地震が起きているんだと気がつきました。寮に戻り、テレビをつけると神戸の悲惨な状況が映し出されました。起きた直後に実家に電話をした際には電話が通じましたが、そのころにはもう全く電話が通じません。

 勤務があるのでなんとか会社へ連絡しないといけないということで、なんどか連絡をとるとどうしても会社に出てきて欲しいということで、阪急の駅に確認すると復旧の見込みは全くなく、車で出勤するしかないという状況でした。

 通常、混んでいる時には箕面から大阪北浜までは1時間ちょっとで着きますが、そのときには4時間以上かかりました。車にはアマチュア無線機があり、いろいろと情報が入ってきます。そして勤務地に到着すると、となりのビルは堺筋に面するガラスがかなり割れており、大阪市内でも地震の影響が出ておりました。

 神戸に住む同期の仲間は家が倒壊しました。とりあえず無事だという連絡があり、ほっとしました。

 その後しばらくは神戸へ社員の多くがお客様の生命・財産を守るために行き、ハードな勤務をしていました。

 14年をむかえ、今ではお客様の生命・財産を守る仕事ではありませんが、消防団や自主防災組織など協力できることには進んで協力していきたいと思います。

 阪神大震災の犠牲者のみなさまの御冥福をこころよりお祈りいたします。

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このページは、田辺一雄が2009年1月17日 07:02に書いたブログ記事です。

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